1965年生まれの日記~離婚しようかやめとくか~

結婚して30年・・夫は発達障がいかもしれません

ぶち切れて捨ててしまった日記

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日記というのは、1日過ごした上で印象に残ったことなどを記録に残していくものだと思います。

上の子が生まれたとき、出産した病院から淡い色合いの美しい育児日記を貰いました。わたしは大喜びで、その日にあったことの記録をつけ、子供の写真を切り抜きしたものを貼り付け、いそいそと制作作業を楽しんでいました。

でも、夫が仕事を失くし、仕事をしない生活が2年ほども続いたとき、いろいろ精神的にキテしまって、日記は捨ててしまったのです。夫が家にいると、まったく片付けというものが出来ない人間のうえ、わたしが片付けると激昂し、そんな修羅場を子供に見せたくなくてわたしもこらえていました。

そんな風に我慢していたのも良くなかったんでしょうね。

たまたま夫が不在で、たまたまわたしが仕事が休みの日、目の前に広がる散らかったゴミ(同然のあれこれ)にぶち切れてしまいました。

育児日記は物入れにしまってあったのですが、夫についての記述もたくさん書いてありました。あの時点で、なんで気づかなかったのか。そんな自分にも腹が立って、かなりの物と一緒に捨ててしまったのです。

その後、若干の後悔の念に襲われました。

でも、こどもはちゃんとこうして立派に成長したから何よりの育児の記録になり得るし、どうせ死ぬときは何も持っていけないんだし、うっかりして急に死んだときに見られる心配もないし、などと自分に言い聞かせましたが、やっぱり少し後悔してるんですよ。

夫がゴミ同然のものも捨てないで取っておくので、わたしは常に物は少なく少なく、という目線で対処してきました。

家が賃貸というのもあります。田舎の方の(失礼)、大きな敷地面積にご自分の家をでんと構えておられるお宅は、あまり気にすることはないのでしょうね。それこそ、お孫さんが出来たとき、これはあなたのママの雛人形なのよ、といって出してあげられるのでしょうね。良い文化だと思います。

わたしの態度を見ているせいか、こども達も持ち物は少ない方です。

「買うのは簡単だけど、捨てるのは手間もお金もかかるし、気持ちに踏ん切りをつけるのも苦痛」とよく言っています。まさに、わたしの口癖が乗り移っていて、こんなところにも親の影響が出てしまうものなのですね。

でも、やっぱり、唯一無二のものは捨てないでおけばよかった。今も時々残念に思います。

と同時に涙もこぼれてきます。

わたしが唯一幸せを感じることのできた、こどもと一緒の時間もどんどん減って行きます。そして、これから先、平均寿命からみたら、あと30年ほども夫と暮らさなければならないのでしょうか。夫はわたしより年上です。仇のように憎く思っている人間の介護など、出来ようはずもありません。

自分を大事にしない人間は、だれも幸福にはできないと聞きますが・・。自分が第一か、こどもが第一かと聞かれれば、もちろんこどもですが・・。離婚について、結論を出すことは容易ではありません。