1965年生まれの日記~離婚しようかやめとくか~

結婚して30年・・夫は発達障がいかもしれません

どうしてこんな気持ちなのかわかりません

仕事の忙しさが、ようやく一段落です。

やはり、忙しさでバタバタしてると、気が紛れていいですね。先週は、帰宅してからも緊張が取れず、何も考えられませんでした。何も考えられないくらいの忙しさ、もっとウエルカムですが、コロナ感染者がぞくぞく職場に戻ってきています。皆、ケロッとした顔で、普通に仕事をしています。後遺症もなさそうで、結構なことです。

夕方、あと1時間で退勤。この時間になると、夕飯のメニューを考える習慣が抜けません。もう、長年の習慣なのです。帰ってから段取りを考えるのでは、遅いからです。

ここ十数年、仕事から早く帰ろう、早く帰ってご飯を作ろう、という時間が長すぎました。わたしの生活は、今も1mmも変わっていないのに、子供たちは成長して、いなくなってしまいました。

なんだかもう、家に帰ってくる意味が、見いだせなくなってしまいました。

夫との夕飯は、10分くらいしか、かかりません。夫と、向かい合わせで食事をするのは、苦痛です。夫は、ここをビュッフェ会場とでも思っているんでしょうか。小皿ばかり10枚以上も並べて、乾きものやお菓子、酒のつまみを自分で用意します。おかずも全部、自分用の皿に取り分けます。わたしが夕飯を作り終えて、食べ終えて、まだやっています。

ここ直近の2年間は、楽しかった。子供が中学、高校、大学、社会人ときて、こんなに家で過ごす時間があった期間は、初めてでした。在宅勤務なんて、就職したころは考えられなかったです。オリンピック期間のために数か月のみ、という話しからスタートした在宅勤務が、世の中の常識ををひっくり返してしまいました。

先日の日曜日。子供が小さかったころ時々ピクニックをした、公園に行ってみました。

まだ、下の子が生まれる前です。お弁当を広げた、当時新しかった東屋が、苔むしてベンチの板が腐って痛んでいました。あの時、椅子の板は真新しくて、ここに座ってお握りを食べた写真が残っています。あれから、25年以上も経ったなんて信じられません。

初めての子が女の子だったのは、とても嬉しかったです。自分の味方が出来たようでした。文字通り、それからずっとわたしの味方になってくれました。

あれからもう、四半世紀以上も過ぎたんですね。次の世代が生まれてくる時間ですよ。こうやって、人間の一生なんて、あっという間に終わってしまうんでしょうね。