毎日1万以上、2時間近く歩く、健脚な母。
認知症の気配があるにもかかわらず、ウォーキングを欠かしません。
時々書いていますが、わたしは母と相性が合わず、いつも実家から出ることを考えていた独身時代でした。
大学もわざわざ遠方へ、結婚も早まって決めてしまいました(これは自分が悪いんだけど)。
親との悩みについて、人に相談したこともあります。
ダメでした。全然共感を得られませんでした。
「お母さんだって、あなたのことが心配だからそう言ってるのよ」
←これホント最悪ですね父親もこれしか言いませんでした。
そんな悩みを抱えてコンビニ工場でパートをしていた頃、当時60歳くらいの女性が1人だけ、理解してくれました。
「親子と言っても、ただの他人」
「血が繋がっていれば、何でもわかるわけじゃない」
そんな風に言ってくれた人は初めてでしたので、思わず涙がこぼれました。
この方は、自分の子供さんに悩んでいらっしゃいました。
「娘は駄目な男に引っかかってしまった」
「いずれ金がなくなって泣きついてくるのは目に見えている」
「自分の離婚で子供に苦労をかけたのに、子供も同じ道を選んでしまった」
そんな風に言ってたのを覚えています。
母は、わたしが自分の思い通りにならないと、ストーカーのように待ち伏せしていたり、無断で家に上がり込んでいたり。
わたしがいかに間違っているかをののしったり、留守録にも延々と吹き込んだり。
長い長い手紙もよく来ました。自分で持って来て、自分でポストに入れて帰るのです。
ほんのちょっと前までこうでした。コロナは全然関係ありませんでした。
母親に悩み、夫の発達障がいに悩み、家計に悩んでいたあの時代。
あの頃に比べたら、今はまだマシだよね。あの母が認知症なんて笑っちゃうよね。
最近のわたしはそんな気がしています。何かを卒業できたのかもしれないです。