最近は世の中の流れが速くて、今からあれこれ心配しても考えても、どうしようもならないのでは、と感じています。
心配性のわたしには珍しいのですが、どうもそんな気持ちになっています。
年齢とともに性格も変わってきているのか、それとも加齢で、気力が減退してきているのかもしれません。
コロナなんて、途方もなく想定外のこともありました。地震も多いです。今住んでいる土地に、これからもずっといられるとは限りません。
夫は自分の実家に戻ると思うし、わたしには高齢の親がまだ健在だし。一体この先、どうなることやら、考えるだけで気が滅入ってきます。
それでも、年金だけで暮らしていかれないのはわかっています。年金の受取額だって、実際受給するときは、今より目減りしている可能性が高いです。
貯金の額も、かなり悲しいものです…。
時々、過ぎたこととはいえ、子供に奨学金を使ってもらった方が良かったのかな、などとつい考えてしまいます。
本末転倒ですね。夫の奨学金返済を目の当たりにして、我が子には絶対使わないぞ、というのがわたしの頑張りの源だったのだから。
わたしばかりじゃない、70才まで働くなんて、皆やっていることです。
現にわたしの母親は、80才まで働いていました。
(60を超えてからは介護施設で働いていました)
国家公務員の父親の年金が、十分にあったにも関わらずです。
家の中にいるのは性に合わない、かといって畑をしたり、特に趣味があるわけでもないから、といって。外で働く方がいいと。
そして、その給料を小遣いにして、有休を使って悠々旅行に行き、都内のデパートで買い物を楽しんでいました。
さすがに最近は、父親が90を超えたので、遠出することはないかと思っていたのですが…。先週(ワクチン接種もしてないのに)、鹿児島の温泉に行ってきたと言ってました(白目)。
2人とも、どういうわけか、とても達者です。もちろん、病気もあるし、手術も経験してるけど、生活のクオリティは下がっていません。デイサービス的なところも、まだ未経験ですし、頭もしっかりしています。
わたしが親の介護について、ぜんぜん危機感がないのは、こんな事情があるのです。
父親は退職後、自分の昼ご飯を作るところからスタートし、そこから20年ほども料理を中心に、家事をやってきました(母が退職するまで)。
65才で仕事をしなくなると、こんなにも先が長いんだなと思います。
今では、一時期はまっていたPCも、ほこりをかぶっています。日中はヘッドホンをつけ、1日テレビ(WOWOWかなんか)で映画を見て、散歩は欠かさず、庭の草むしりをして、夜は早く寝る生活です。
母は、日常何をしているのか、まったく知りません(わたしの妹からの情報ですが、妹も知らないらしい)。
相変わらず、お金を使って楽しんでいると思われます。かなり遠方の実家や、兄弟の家に遊びに行ったり、友人知人と外出しているとのことでした。
先だっては実家は、外壁塗装や痛んだ箇所のリフォーム、畳の入れ替え、屋根の修理をしていました。施主は今年91になる父。我々子供にも、何の相談もなく、1人で決め1人で発注したらしいです。
ええ?この先もまだまだずっと住むつもりなのね…。