1965年生まれの日記~離婚しようかやめとくか~

結婚して30年・・夫は発達障がいかもしれません

下戸の黒歴史

遺伝的にまったくお酒が飲めない体質の人を下戸と呼びますが。

まさしくドンピシャで該当している人間がわたしになります。

若いころは、これは経験値が足りないためであろうと、飲んで酔って大失態を繰り返しました。結婚してからは、夫が毎晩飲むので、まったく飲まなくなりましたね。お酒は高い飲み物です。お茶やジュースのようにがぶ飲みする姿には、もはや嫌悪感しかありません。

そもそも、「上戸」や「下戸」という言い方だって、階級の高い上戸の家はお酒の配給が沢山あり、階級の低い下戸は少しだったから、という話しを聞いたことがあります。金もないのに酒をかっくらうって、まともな神経じゃありません。しかも底なしに強いんです。もう、ザルじゃなくて、穴ですから、穴。そそぐだけ無駄金です。

こどもらは、アルコール強いです。家で飲むことは一切ないのですが、先日のディズニーなどのように、一緒に出かけたりするとその強さに目を見張ります。飲んで赤くなったり、記憶がなくなったり、帰って来れなかったりなんてことはまったくないそうです。夫の血ですね・・・。

わたしは自分が飲めない体質なのだと悟るまでに、犯した失態の数々が下記になります。若いってすばらしいですね(白目)。

すべて20代のうちに、学習できて良かったです・・。

①ターミナル駅で電車に乗る前にのどが渇き、自販機で飲み物を買おうと、100円玉(←時代が分かる)を投入するも何回やっても入らず。力尽きて自販機の横に座り込んでうとうと眠り込んでしまった事件。

②同じ方向に帰る同僚と、電車のホームへ降りる階段を下りていてふらついてしまい、ガッと腕を引っぱったがために、2人で奈落へ転落(幸い階段の下の方だったので、大怪我には至らず)。

③途中の各駅でゲーゲー吐きつつ、やっと最終電車に乗ったものの、やはり我慢できなくなり・・途中下車して、ホームに降りたとたんゲロゲーロ。終電は行ってしまい、タクシーもつかまらず、人生初の白タクに乗って帰宅。(今でも白タクってあるのかな)

これが一番最悪。食事の時、ほんのちょっとジュースみたいな酒を飲んだがために、階段から落ちて、手首を骨折しました。しかも、外国で。病院へ行くも、昔ながらの石膏のようなもので固められてしまいました。

次の日→痛くて眠れないと医者に言うと、針を打たれました(人生初)。

その次の日→石膏の中の皮膚がかゆいと言うと、石膏にドリルで穴を開けられ、ここから棒状のものをつっこんで掻けと医者はおっしゃいました。聞き間違いでなければ、お箸でね!て言いました。

そのまた次の日→旅行途中でしたが、ヒコーキに乗って帰国しました。そういう緊急用の座席ってあるんですよ。それを売ってもらいました。高かったけど。

この辺は車社会なので、忘年会などの行事でも、飲まない人は多いです。飲まない分損しているような気もしますが(参加費的に)、代行で車を持ってってもらうともっと出費ですからね。今はコロナでつきあい飲み会もなくなり、ちょっと懐かしいです。