1965年生まれの日記~離婚しようかやめとくか~

結婚して30年・・夫は発達障がいかもしれません

物価高の世の弁当、さらにエッセンシャルな思考になりましたw

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最近巷で噂の(?)、ホラン千秋の弁当(残飯弁当)。NHKの番組で、見ました。

まぁあの立ち位置の人ですから、「オッ」とは思いましたが、うちの職場の面々と、さして変わらなかったです(笑)。

あれがまた、子供に持たせる弁当だったら、「可哀そう」「こんなみすぼらしい弁当なんて」とか、言われそうです。確かに、日本の教育現場では、横並びが重視されますから、わたしたちもついそう思ってしまうんでしょうね。それでなくても、中学校までは皆そろって同じ給食を食べるのです。

この、習慣や考え方、後々の人生に影響しますよね~(ため息)。

みんな、同じように進学、同じように就職、同じような弁当、同じような結婚。わたしもこの呪縛に、知らず知らずのうちに、とらわれていたと思います。自分の頭で、ちゃんと考えて行動していれば、何かがもう少し違ったのかなと思います。人生ここまで来て言うのも、アレですが。

その点からすると、いつもギャンギャン騒いで仕事を共にする(ケンカも共にする・・)同僚は、これはこれでアリなのかな、と見直すところもあるのです。

最初の頃は、(ひょっとしたら、この人達ってみんなヤンキー上がりなのかしら・・?)と思いました。しかしですね。この人たち、出入りの弁当屋(注文すると配達してくれる)に頼んだり、出来合いのコンビニ弁当を持ってくる人は、ほとんどいないのです。みな、家にあるもので何とかすませようの精神です。だから、あのような昼食になるのです。何でもかんでも物価高の昨今、これが始まる10年以上も前から、職場の通常運転の弁当風景です。

我々大人は、これでいいんですよ。弁当に入れる、ウインナーしかり冷凍食品しかり、何でもけっこうお高いです。わざわざ弁当用の食材を買わなくても、弁当は作れます。

↓あのような昼食。

猛者が集合~職場の弁当風景 - 1965年生まれの日記~離婚しようかやめとくか~

「今日、弁当頼む人いる~?」の声がかかっても、(いや、わたし、弁当買うために働きに来てるんじゃないし)と、ほぼ全員が内心思っています。もちろん、わたしも同様です。頼むのは、男性ばかり。コロナの後は、わたしの部署には、もう声掛けすらありません。

わたしも、さらにエッセンシャルな思考にたどり着きましたw。

箸箱をやめたのです。箸箱を洗わないですむの、すごく楽です!弁当箱は、だいぶ前から卒業しています。

お箸、キッチンペーパー(1枚の半分)に先っちょをくるんで、そのまま弁当袋に突っ込みます。汚れたら、箸先をぬぐって終わり。なんでもっと、早くこれに気づかなかったんだろう~。

エッセンシャルな思考とは:大事なことを見極め、自分の時間とエネルギーを効果的に配分し、最高なパフォーマンスを発揮するための技術。

だ、そうですよ。フフッ。

↓子供の部屋に置きっぱなしになってたので、読みました。読みだしたら、意外と面白かったです。何を思って、この本を買ったのやら・・。