お恥ずかしながら、昨日の話しの続きを、もう少しさせて下さい。ずっと忘れていたことを、書いているうちに、ふと思い出しました。もう、人生の1ページになってしまった、過ぎし日の思い出です。
当時の工場では、1年に1回、慰労会のようなものを開催してくれました。
工場の敷地内で、食べ物飲み物を振舞ってくれます。ちょっとした催し物などもありました。暮れの忘年会が夜なので、夜に参加できない人向けに、これは日中に行われました。
ある年、T君から、参加しないんですかと聞かれました。わたしはそれまで、参加したことがなかったのです。やはり、夜勤勤めの身としては、日中の行事は身体にこたえます。T君は行ったことあるの?と、聞くと、「なかなか面白いですよ。子供さん喜びますよ」と暗に誘ってくるのです。それで、じゃあ行ってみようかな、となりました。
当日は、下の子を連れて行きました。会場に着くと、すぐT君が寄ってきました。なんだかんだで、仕事が終わってから6時間くらいしか経っていません。いつもの見慣れた作業着ではない服装の彼に、ハッとしてしまいました。
子供さんを抱っこしていいですか、と尋ねます。どうぞどうぞ、いくらでも、と答えると、彼はひょいっと抱き上げました。そして、「(わたし)さんに似ていますね」と言うのです。いや、わたしは下の子と似ているなんて、1度も言われたことがありません。男の子ですし。
「えっ、似てるなんて人から言われたことないよ。どの辺が似てる?」と聞くと、「耳が似てます」と彼は言いました。わたしは、それを聞いて、のけぞってしまいました。
ご存じと思いますが、ああいった食品工場では、髪の毛が出ないようにキャップを被ります。ネットで覆い、キャップで覆い、二重にします。それだけ厳重に、気をつけるものなのです。だから、わたしの耳を見る機会なんてあるわけないのです。当時髪はセミロングで、この日も髪は下ろしていました。
ずっと夜勤でしたから、もうなりふり構わず。髪は一つに縛り、顔を洗って眼鏡をかけ、それこそ眉毛も書かない有様でした。だって、どうせあの格好ですからね。白い上下の作業着、上着はズボンの中にイン、頭は1本の髪もはみ出さないように。マスクだってします。色気もヘッタクレもありません。もちろん、ロッカーは男女別です。だからせいぜい、出勤や退勤のわずかな時間しか、素顔を見る機会なんてないのです。ましてや、耳なんぞ、どこで見たのでしょうか。
彼はしばらく、下の子の相手をしてくれました。肩車をして、一緒に会場を歩いてくれました。その傍らに立つと、何だかじんわりと幸せを感じている自分に気づきました。
30代の10年近くも、そうやって働きました。夫も子供も知らない、誰に知られることもない、大事な思い出です。