最近は、毒親という言葉を、メディアでよく見かけます。
どこから、生まれた言葉でしょうか。でもこれを知った時、もしかしたら私の場合も、そうなのではと思いました。
私の母は、自分の意見を押し通さないと、気が済まない性格です。
わたしは、幼い頃から気づいていました。
何か相談事を聞いてもらいたくても、結局自分が、親の話しを聞くだけになってしまうのです。母は、わたしの話しには、全く耳を貸しません。
10代のうちに、母親に悩み事を打ち明けたり、聞いてもらったり、相談するといったことは諦めました。説教で終わるだけで、問題解決には至らないからです。
父親は割と寛大な性格で、何かでこじれてしまっても、父親の方から謝りに来てくれるような人でした。
しかし、母親の話しになると、「お前のためを思って、言ってるんだよ」「お母さんも、色々考えてるんだよ」と、わたしと母親の確執から、常に逃げ腰でした。
父親は、国家公務員を定年まで勤め上げ、再就職先も天下りでした。母親も働くことが好きで、自分で資格を取って、常に働いていました。
こうして文章に起こして、字面だけ見てみれば、なんと立派なご両親でしょう、となりますよね。
でも、わたしは、早く家を出たかった。大学も、わざわざ遠い土地を選びました。一人暮らしをしたかった。そのために、勉強も頑張りました。
結婚も、年齢での焦りはありませんでしたが、早く家を出たかったというのは大きいです。
母は、わたしが大人になっても、「もっと良いところに、就職できなかったのか」「早く結婚しないと、売れ残りになる」
結婚しても、「早く子を産まないと」「なぜ妊娠しないのか。不妊じゃないのか」「病院へ行きなさい」「(従妹)ちゃんのところは、もう3人も生まれたのに」
出産しても、「早く兄弟を作らないと。女の子は結婚したら、相手の家に取られてしまうんだから」「1人っ子では、可哀そう」
ことあるごとに、自分の意見ばかり、まくしたてました。
そのとおりにしないと、ストーカーのように、連日電話が来たり、家に来たり、手紙が送られてきました。
もうやめてくれと、何度も何度も頼みました。父親にも、兄弟にも、母親の行状をやめさせてくれと、頼みました。でも、一時はやむのですが、すぐまた繰り返すのです。
そのころから、わたしは夫の方の問題に気がつき、母親の相手などしておれなくなりました。もちろん、親に相談など、できませんでした。
ここ何年かで、母と娘の確執の話しや、毒親の話題が、メディアで取り上げらるようになりましたよね。私だけじゃなかったんだと、少し救われる思いです。
でも、何でもかんでも呼称をつけて、ひとくくりにするのは良くないと思います。一言で片づけられるような、問題ではないからです。