1965年生まれの日記~離婚しようかやめとくか~

結婚して30年・・夫は発達障がいかもしれません

専業主婦だったころ

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専業主婦をしていたのは、私が結婚直後の数年間ですが、幸せな時期だったと思います。逆に言えば数年しか幸せじゃなかったのかよという話でもありますが、不安要素が極めて少ないという観点から、とても幸せでした。

初めの1年は、婚家から花も生けられないのでは困る(今の若い方はなんのこっちゃ?ってところですね。家が田舎のいわゆる大屋敷で、玄関仏間その他に花を飾る必要があったということです)と言われ、今さら華道に通わされるという、まさかの展開になりました。

もっとも、夫の実家は遠く、離れて住んでいたので、さぼることも出来たのですが、私の親さえそんなことを言わなかったのが逆に新鮮で、けっこう真面目に数年間通いました。さすがに、もう、結婚前にお茶お花という時代ではありませんでしたが、自分の知らない世界を学ぶのは、とても楽しかったです。子供たちが家にいたころは、お正月など花代を奮発して、狭い玄関に大きく生けて楽しんだものです。

子供が生まれる前は、少し仕事もしていました。その貯金で勉強してみたりもしました。

はじめのうちは、子供など全然欲しくはなかったのです。こう書いてみるとおのずと見えてきますが、将来への計画というものがまったくありませんでしたね。その時その時、気の向くままに生活していました。友人知人たちが、夫婦で将来のことを話し合ったり、子供を作る、家を買う、仕事を考える・・私と夫は、無頓着に過ぎました。やはり、今、なるべくしてこうなったんでしょうか。

下の子が生まれて、1歳を過ぎたころ、わたしはさすがに「これはやばいんじゃないか」と焦り始めました。周りがどんどん家を購入して、引っ越していきます。上の子の時のように、毎日家事育児だけしていても、落ち着きません。

まだ夫の稼ぎだけで暮らしてはいけたものの、今度は貯金が出来ません。学資保険など払うと、貯蓄に回せるほどの余裕が出ないのです。まだおしゃぶりが取れない下の子を預け、わたしはパートに出ることにしました。

そして、わたしの手で稼いだ金額は、1円足りと家計に回すことはせず、すべて貯金に回すことに決めました。子供にと貰ったお金は、たとえ1000円でも子供の口座に入れました。夫には隠して、1銭たりともそのお金の存在を明かしませんでした。このころからパチンコなどに持っていかれてはたまらないと、警戒するようなっていました。