朝日新聞の連載で、「連れが発達障がい~ふりまわされる、でも愛してる」が始まりました。
ネットでも少し読めるので、内容云々は避けます。でもやっぱり、いっぱいいるよね、と感じました。
それこそ、十人十色の事情と思います。女性ならば家事育児の滞り、男性ならばやはり仕事関連の話しになってしまうのは、若干不平等だと残念に感じます。一概に言える話しでは、ないと思います。
病院で診療を受け、生活の質を上げるために二人三脚、夫婦で乗り越える。というのが、世間一般の読者が望む形なんでしょうか。
今のところ、記事を読んで、そんなふうにひねくれた目線で見ています。
「でも、愛してる」と、言い切れる人はいいでしょう。そんな方もいらっしゃるでしょう。自分と同じ人ばかりとは、わたしも思っていません。
しかし実際は、愛情貯金なんてあっという間に底をつきました。誰だって、自分や自分の子供に危害を与える存在を、良しとは出来ません。
実際の暴力などはなかったものの、私は常に、子供の学費・生活を心配して生きてきました。
今の心境としては、「ここで夫を見捨てると、子供に迷惑をかける」「わたしも、収入が減っては困る」このためだけに、離婚しないでいるだけです。
実際離婚して、幸せになっている人なんて、大勢います。わたしも、これまでの過程のどこかで、一大決心していれば良かったのかと、繰り返し考えてしまいます。
発達障がい、と一口で言っても、そんなにきっちり区分分けできる問題でもありません。
どこの誰だって、ちょっとくらい変なところはあるし、それが人様の迷惑にならなければ問題視されません。
その人自身が、その人の家族が、どんなに困った状況下にあってもです。そして、そんな人は、昔から大勢いたのだと思います。
今は立派な病名がつきました。でも、病院へ行くそのひと手間がなければ、自覚症状がなければ、病名を知ることもありません。私も、怪しみながらも、何もせずここまで来てしまった1人です。
それを知って、夫婦で立ち向かうもよし、1人に戻るもよし、にすべきだと思います。自分の人生、1度きりですもん。自分の好きにすべきです。
だけど、天から子供というゲストを授かったら、そこに責任が生じます。そして、往々にして、女性の方が分が悪いのです。そこのところを問題視してくれよ、と思います。
学校でちゃんと、正しい離婚の仕方を教えて下さい。生まれた子供に対する責任は平等に。男女とも、自分の食い扶持を稼いでこそ1人前。結婚に失敗したと思ったら、いつでも引き返せるように。