1965年生まれの日記~離婚しようかやめとくか~

結婚して30年・・夫は発達障がいかもしれません

夫におかしいものを感じた

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ちょっとした用事があって、子供と一緒に一か月近く帰省したことがあります。

帰るとき、夫が車で迎えに来ました。それはいいのですが、車を出すや否や、こんなことがあった、あんなことがあった、と、とにかく機関銃のごとく、自分のことばかりを立て続けに話し始めたのです。

わたしは、適当に相槌を打ちながらも、一種の異様さを感じていました。普通は逆じゃないですか。子供たちにどうだった、と話しかけるのが順当じゃないですか。

わたしにも、帰省の次第を聞いてくるなどということはなく、家に帰るまでずっと一人で話し続けました。子供たちも、当時小学生でしたが、何かを感じたのかずっと黙ったままでした。仕事先が倒産したのは、その直後です。

こう書いていると、もっと早く気づいていたら離婚したかったなぁと、しみじみ思います。

再就職するまで1年近く何もしないでパチンコなどしていた時、その後2回目の再就職先を1年で辞めてきた時、そのあとも更に1年近く、失業手当が給付されなくなるまでパチンコしていた時。その3回のきっかけをその時々で決心しかねた、わたしのミスです。もちろん、考えはしたのです。でも、どう考えても、一人の稼ぎでは、生活していくことはともかく、大学まで進学させてやれない。離婚しても、養育費など取れる貯金があるはずもない。義理の親に相談しようにも、病気などでとても無理でした。

わたしの気持ちより、子供たちのことを優先しなくてはと、考え方を切り替えることにしたのです。

もう顔も見たくはない、出ていってほしい、本音はそうでした。しかし、暴力を振るうなどということもないし、仕事さえあればさぼったり行かなかったりもないのです。言われたことを忠実に守る、ばかみたいに守る。これも、障がいの一種のように感じます。

とにかく、どこで何をして働いてもいいから、夫には月最低これだけの金額を家に入れるように言い渡しました。タバコ、アルコール代も別会計にすると言いました。

思うような仕事を、これまでも見つけられなかった夫は、ことごとくわたしのせいにしてきました。冗談じゃありません。わたしだって、自分で仕事を探してきて、自分で通勤手段を確保して、自分で働いているのです。もう、このころは、夫に軽蔑しか感じられませんでした。